もうひとつの夜(のことをおもう)

夜の寝るほど遅くもないすきま時間。部屋の電気を消してベッドに寝ていると、遠くから音が聞こえてくる。ごぉおおーーー。途切れることなくえんえんと続く、風のような、大きいのだけど、遠い音。最初にこの音に気づいたのは、前に住んでいた部屋でのことだった。その部屋は方角でいうと北側に窓があって、その窓のある壁面にベッドの側面がくっついていて、手をのばせば横になりながらでも窓が開けられた。その窓からそのまま北の方角にむかって800mぐらい先に246が走っていた。街路灯の続く国道を無数の車が、途切れることなく延々と走っている。それが風の音、マンションのどこかの分電盤から聞こえてくる振動音、虫の音、空気の音などとまじりあって独特な音を演出している。わたしはそれを心地よく受け止めていた。そのときわたしは、わたしが寝ているこの空間とは別の、道路上から走り去ってどこかへと至ってゆくだろう無数の車やバイクたちの、もうひとつの夜のことを考えていた。そのもうひとつの夜への憧憬の念すらあった。そのとき、わたしがそれまで経験してきた無数の夜が、その空間と、ケーブルの音声端子と映像端子をひとつのテレビに差し込むようにぼんやりと接続されていたような気がする。遠い空の向こうにぼんやり見える山にしても、夜の高層ビルの光にしても、昼下がりの入道雲にしても、その場所で何かがおきているような気がして、もうひとつの世界のことを、いつの頃からだろう、いつもその場所に憧憬を感じていた。ところで今の部屋では、その音が聞こえなくなったことを残念に思っていたのだが、夜の寝るほど遅くもないすきま時間。部屋の電気を消してベッドに寝ていると、遠くから音が聞こえるような気がした。窓を開けてみたら、大きいような、遠い音が。この部屋、前の部屋からは40kmぐらい離れているのだけど。方角は西、800mぐらい先には、偶然というかなんというか、246が走っていた。